昔から朝日新聞は嫌いなのだ。
最近、朝は「やじうまプラス」を観ている。
「めざまし」から「ズームイン」へそして今「やじうま」である。
地方局からの中継や企画ものがなく、その分、情報量が多いので情報を得るにはこれが一番ということなのである。
内容はというと、アナウンサーが読み上げた新聞記事に、3人の社会派コメンテータが厳しい意見を述べる、というスタイルで番組が進行していく。
とても偉そうに、とても人ごとで、なんの責任も持たないコメント。(全員じゃないけど)
専門家なわけではないから、コメントはただのおっさんの意見、なのである。
それがかなりうっとおしいのだが、それでも情報量にはかえられないので観ている。

最近は、公務員の飲酒問題が大きく取り上げられ、それに対しコメンテータだけでなく局アナも非常に厳しい意見で糾弾している。
話は確かにそのとおりなのだが、マスコミが正義の刃を振りかざすのは、ますますうっとおしい。しかし、それでもまだ毎朝観ている。情報量にはかえられない、からだ。

そんな中、先日、朝日新聞山梨支局記者の飲酒が判明した。
公務員の飲酒検挙を取材し、記事にした記者が実は、その直前に飲酒で検挙されていたのだそうだ。
これについて、系列会社としてどのように報道するのかとても興味があり、注目していたのだが、結果としては非常に残念な内容だった。
特に謝罪やコメントはなく、項目の下から二段目でアナウンサーが新聞記事どおりに読み終えると、コメンテータに意見を求めることもなく「では次のニュースです。」と進めてしまった。
テレビ朝日は朝日新聞社が33.8%の株式を保有している系列会社である。
なのに、そんなものなのである。
本人家族の追跡取材や組織の責任追及なんて当然しないだろうとは思っていたけれど、謝罪もなければコメントすらない、なんて。
別に謝罪してほしかったわけではないけれど、他をあれだけ責めといてねぇ。
やっぱりそんなものなのである。

こういう問題は、朝日だからということではないのだが、個人的には朝日新聞が大嫌いなのである。
学生時代に朝日新聞勧誘のおっさんがやくざを連れてやってきて、強引に契約させられたのだ。(クーリングオフしたが。)
直後に、朝日新聞の代表電話にかけて、そういうことはやめてほしい、と言ったのだが、
「そんなことは販売店に言ってよ。うちは関係ないんだから。」と電話を切られた。
信じられない対応でしばらく呆然としてしまった。
それから、ずっと朝日系列は大嫌いなのだ。個人的な話だけれど。

で、そんなに嫌いな「やじうまプラス」は今後観るのか、というと、それでも観るのだ。
それでも情報量は豊富だから。
いっそのこと、コメンテータなんてやめて新聞読むだけにしたらいいのに、とは思うが。
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# by mfls | 2006-09-21 20:02
反対意見。
先日テレビで、県立高校の再編成について取り上げていた。
再編成というのは要するに統廃合ということで、
当然、地元、卒業生、教員の反発は強い。
マスコミは、「行政は多様な意見を取り入れるため、より議論が必要」とまとめていたが、そもそもそれ以前の問題ではないか、と思うのだが。

会場は反対論者で溢れかえり、その口からは攻撃的な反対意見しか出てこない。
寂しいから、、、伝統が引き継がれないから、、、行政のやる事はいつも間違っているから、、、もうなんでもアリな世界である。
聴衆は最初から説明者の話を必要としていない。
誰も話し合いをするためにこの会場に来ていないのだ。
勝つか負けるか。結論に至る経過は必要でないらしい。

未来の描かれない話し合いなど何の意味ももたないと思う。
寂しい。それだけの理由で生徒のいない高校を存続させてもよいのか。
存続させた学校のその後に反対した人たちは責任が持てるのか。
そういった論議はない。話し合いは存続にむけた感情論に終始する。
結局、話し合いなんてものは、形式的なもの、として開催されるだけで、
最終的には議会の決議で白黒はっきりする。
自分の投票で選んだ議員たちが議決するのだ。
そういう認識があの会場にいた人たちにあるのだろうか。疑問だった。

質の低い論議が世の中にはうんざりするほど溢れている。
世の中には反対意見を言うことを商売にしている人がたくさんいて、
そういう人たちが質を下げているのだ。

そもそも反対意見を言うなら、それに代替え案を添えるのは大人でなくても常識でしょう。
「あれはだめ、これはだめ」ではなくて。
「それよりもこうしたらどうでしょう」でしょ。
それができないで反対ばっかりしてる人、議会にもテレビにも近くの居酒屋にもたくさんいる。
それって全然カッコよくない、と思う。
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# by mfls | 2006-09-10 18:11
積乱雲
夕立が降った。今日は美しい積乱雲が出ていたのだろうか、職場の窓から外を覗いたが既に一面曇り空だった。
積乱雲が好きだ。
真っ白に競り上がり恐怖すら感じるあの壮大な姿が。
残念ながら今年はまだ見ていない。
怠惰な猛暑が続いただけだ。
いつも気持ちのどこかで楽しみにしていただけに、このまま夏が終わると思うと少し残念な気がした。

そういえば中2の夏、部活帰りに夕立が降った。
傘を持たずに出かけたためずぶ濡れになって、家路を走って帰ったのだけれど、
そのとき、ずぶ濡れになって走っている自分がなぜかものすごく格好良く思えて、
その瞬間、自分の中に信じられないくらいの自信がみなぎっていた。
いま、この瞬間に好きな女の子が目の前に現れたなら、
躊躇なく告白できるのに、と。
しかし、やはり何事もなく誰に出会う事もなく家に着いた。
空回りした自信と勇気。
ただ、雨に濡れただけなのだ、と。
後でひどく悲しい気持ちになったことを覚えている。

いまだに胸の中に陰が落ちると、記憶がシンクロしてあの雨の日が蘇る。
焦りや不安が入り交じって、なんだかひどく惨めな気持ちになるのだ。
ただ、昔ほどは気持ちが追いつめられることもなくなった。
克服というよりは誤摩化しが上手になったということかもしれない。

逃れようのないプレッシャーを限られた時間の中でいくつもしのいでいくうちに、
いろんなことが気持ちで解決されずに、ただの判断で済まされてしまうようになった。
そういうことに戸惑う自分もいるが、次第にそれすら麻痺していく。

きっと矛盾を許容することで自分が判断で苦しまずにいれることを理解しそれに従うのだ。

それでいいと思っていないからこうして書いているのだろうけれど、
矛盾を受け入れずに生きていく術を知らないし、
そんなことよりも今は生活という言葉で集約されるものに振り回されるだけで精一杯なのだ。

もう少しやさしくなりたいと思うときがある。もっと感情に任せて判断してみたいと思う。
偽善でもなんでもなく、そうあることができない自分が惨めに思えるからだ。
でもそれをしないのは過去の経験がそのリスクを知っているからなのだろう。

雨が止んで雲の切れ間から突き抜けるような青空が見えると、
そこにはもう秋の気配があった。
気がつくと時間だけは残酷なほど正確に過ぎていく。
表裏もなく、矛盾もなく、誰のせいでもなく。
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# by mfls | 2006-08-18 01:16
木を見て森を見ず
滋賀県知事選で「もったいない」をスローガンに掲げた知事が当選した。
大型公共事業中止を公約に民意はもとよりマスコミの評判も悪くない。
「無駄遣いをやめよう、借金を減らそう。」というのは確かにその通りだし、
選挙公約にはうってつけだ。
だが、一般家庭ならともかく都道府県会計にこの理屈が通用するのだろうか。

長野県では2000年10月に田中知事が就任して以降、5年で県債残高を923億円減らしている。
まあ、まだ1兆4千億円残っているのだけれど、これは評価に値する数字だと思う。
が、一方、改革には痛みが伴う。事実、長野県では建設土木を中心とした産業の停滞、雇用の低下、倒産の増加、個人事業者の廃業、様々な住民サービスが縮小廃止等々、新たな問題を生み出している。

そこで思うのは、都道府県の借金がゼロになったところでいったい何がどうなるというのだろう、ということだ。
国は相変わらずテキトーな予算執行で700兆円ともいわれる借金を抱え、その金額は増加しつづけている。滋賀県と長野県だけが借金をがんばって減らし、知事ががんばって公共事業を中止しても、他県から希望があれば国の負担分は他県に流れる。
国民一人あたりの国の借金が600万円、県民一人あたりの県の借金が700万円、市民ひとりあたりの市の借金が50万円。それで、県だけ減らしてもねぇ。
抜本的改革なくして改善なし。まずは国からやらなければ意味がないということだ。

現在進行中の三位一体改革によって、補助金、交付金の廃止、税源移譲が行われてはいるが、国がお金を分配するという仕組みは現在もそれほど変わっていない。
だったら都道府県をなくして国と市町村の関係にしまえばいい、という考えもあながち間違いではない。今後、道州制といって、都道府県を合併させてそこに権限を委譲し運営させるという仕組みも検討されている。がんばって借金を減らしても、道州制で合併したら他の都道府県の借金を抱えることになるかもしれない、ともいえる。

今後数十年先を見たときに、重要視すべきは国、県、地方自治体の借金などではなくて(まったく問題にしないという意味ではないが)まずは、人口減少、少子高齢化対策だと思う。人が減るから、働き手がいなから、税収不足、年金の資金不足、経済停滞等々様々な問題が発生する。これがすべて元凶であるというのに対策らしい対策が行われていない。最も緊急的な対策が必要であるのに、この問題をあまりに軽微に捉えすぎている。このままでは30年後にはすべての社会保障制度が破綻しているはずだ。

そんな中で、もったいないと叫び知事なることにどれほどの意味があるのかどうか考える必要があるのではないか。それなら国政に出るべきではないか。民意というものは森を見ていない。キャッチーなフレーズで簡単に同調するのだ。それを利用し票集めのために安易に公共事業廃止や節税を公約に掲げるというのはとても卑しいことだと思う。ワイドショーのゲストコメンテーターと同じだ。

8月には長野県知事選がある。県民は現職を評価するのか、否定するのか。


おもしろいHPを見つけた。全国都道府県の借金時計というページだ。
だから何なのだ。と個人的には思うが。
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# by mfls | 2006-07-23 12:07
難しい問題
貧しい老人が増えている。
少ない年金で生活する老人たち。
年金額は年額100〜200万円。
月に家賃5万、光熱費1万、食費2万として年間96万円。
それに税金、医療費、義理などなどで生活はギリギリだろう。

年金がない時代はどうしていたんだろう、と思う。
自給自足に生活共助が自然と成り立っていた、というか当然のようにあった時代。
村八分になれば生きていけない。そんな緊張感もあったのかもしれない。
なければ、ないものとして社会の仕組みは成り立っていたのだ。

はたして、お金を配るという現在の方法がよかったのか、悪かったのか疑問にさえ思えてくる。あの日銀総裁だって公的年金受給者なのだ。
制度というのは一旦作るとバランスを保つのが難しい。
年金に限らず、至れり尽くせりの社会福祉制度。便利でありがたいけれど、頼り切ってしまうことで、生きるという緊張感を希薄なものにしてしまってはいないか、とも思う。

ましてや、少子化が進み、若年層は年金を払わない。
自分が老人になったときにもらえる金額なんて、最初の例よりもさらに酷いものかもしれない。
事態は考えてる以上に深刻だと思う。
とりあえず誰でも考えられる対策として税率を上げるが、それは応急処置。抜本的改革が必要なのにそんな面倒なことには誰も着手しない。結局、また何年か後に税率を上げなければ対応できなくなる。悪循環だ。

そもそも、どうしてこんなことになってしまったのか。
たぶん、資本主義社会は成長を止めてしまったらそれを維持することはできない、という認識の欠如が原因なんじゃないかと思う。
だれも日本経済が停滞するなんて思っていなかった、という今となっては信じられない認識の甘さ。
つまり、じゃんじゃん人口増やして、仕事増やして、経済活動活発にして、景気よくすれば、社会保障制度も問題なく維持できる、ってことかな。
そのために国民はなにをすべきか。。。
子づくりか、浪費か、それとも戦争か。
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# by mfls | 2006-07-20 00:57
俺はロックンローラー
BSのトーク番組で、竹中直人がゲストに「座右の銘はなんですか?」と訊いているのを観て、
あ〜そういえば、俺の座右の銘はなんだろう、とふと考えた。
で、そうそうこれこれ、と頭に浮かんだのがこれ。
「俺はロックンローラー」
気持ちだけはずっとロックンローラーでいよう〜という感じです。

だれかに話すと、「内田裕也みたいですね。」と言われそうで、
それはちょっと格好わるいので言いませぬ。
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# by mfls | 2006-06-22 17:18
やめときゃいいのに
ある人が困ったことになってて、
できる範囲内でベストを尽くしましょうということで担当部署に相談に行ったら、
そこの担当者曰く「そちらが責任とってくれるってんならやってやるよ。」だってさ。
おたくらの仕事でしょうに。
それでも我慢して「じゃ、お願いします。」ということにして、
「よかったですね。なんとかなりそうですよ。」ってその人を連れてきたら、
今度は別の担当者が出てきて、
「そんなことしてうちにしわ寄せが来たら困るんだけど。」みたいなことを言う。
結局、できるのかできないのか、よくわからない。
さっきの人ができるって言ったからもう、できるって説明しちゃってるんだけど。

あ〜もぅ〜。
こういうときに我慢できなくなる。
やめときゃいいのに、
金八先生みたいになる。「なんですか〜、君たちは腐ったみかんですかぁ〜。」
・・・とまでは言わなかったけれど。
「責任の所在ではなく、できるのか、できないのか判断するのはそちらでしょう。一度できると言ったことを否定するのだから、この人にそれをきちんと説明すべきでしょう。」と気づいたらはっきり言い放っていた。
あ〜あ〜相手は年上なのに。
間違ってはいないけど、上手くないな〜とはいつも思う。
でも、職場での立場より、自分らしく生きることのほうが大事だぜ。
と理屈で納得する今日このごろ。
負けるが勝ちとはいうけれど、負けたくないときだってたまにはあるさ。
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# by mfls | 2006-05-10 23:04
理不尽
世の中すごく理不尽だけれど、不満を言えるほど自分はがんばっていないので、50歳までに3000万円貯金して隠居しよう、と決めた。
もちろん世の中、金がすべてじゃないが、欧米では「お金とは未来を広げるもの」としてポジティブに教育してるっていうし。それいただきっ。
というわけで資産形成について真剣に考えてみよう。
その前に車のローン返済を〜。
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# by mfls | 2006-03-05 01:10
GO AROUND THIS WORLD
1月なのに雨が降った。
午前2時、駅前で飲んだ帰り道。
雨上がりの空に月が満ちて、街中が紺碧の光の中にあった。

仕事が忙しすぎる、と飲み会の席で誰かが言った。
毎日、深夜まで働いて去年は休みすらほとんどなかった・・・
仕事を命令する側の連中は定時に帰宅しているのに、と。

ひどい、と思う。
で、どうしたらいいか考えた。
これは難しい問題だ、と考え込んだが、
よく考えたらたくさん選択肢があった。
相手を選んで直談判、人事に相談、組合に相談、労働基準監督署、異動希望申請、我慢する・・・。
なんだ結構あるじゃないか。うまくやればうまくいきそうなものもある。
何しろ、土日含めて年間数日しか休んでいないのだから、状況は誰が考えたって深刻だ。
本気になれば、なんとかなるかもしれない。
でも、そこで話は終わり。
彼は周囲の提案を聞き終わると「そうなんですよね。」と言ったきり黙ってしまった。

みんないろんな不満がある。
自分がいけないことをしてしまったり、やる気がなかったり、苦境に追い込まれたり、
誰かを傷つけたり、傷ついたりするのは、そのせいだと思ったりする。

社会が悪い、と誰かが言う。
でも、誰かれもに平等なユートピアなんて人類が始まって以来これまで存在した例はない。
社会とはつまり共存、共存とはバランス。すなわち平等で公平であるわけがない。
常に社会は不平不満と不安に溢れていて、ずぅーっと誰もがその中で生きてきた。社会が良くなるのを待っているほど人の寿命は長くない。
結局は社会の中で一人一人が強く生きてかなくちゃいけないのだ。

人生って楽じゃねぇなぁ、そんなことを考えながら夜道をゆっくりと歩いていた。
1月なのに5月みたいな生温い風が心地よくてもうちょっと歩いていてもいいかな、と思った。
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# by mfls | 2006-01-14 14:02
もめごと
家族でもめた。ちょっとした意見の食い違いだ。
結局その場で折り合うことなく居心地が悪くなったのでプチ家出した。
黙って車に乗り、とりあえず南へ向かった。
もちろんテーマ曲は尾崎豊の15の夜。
”盗んだバイクで走り出す〜”頭の中でガンガン鳴ってた。

どこまでも行ってやる、と思いつつも盆地に暮らす人間はそう簡単に盆地から出れない。
だから盆地に暮らす人間は視野が狭いと揶揄されるのだ。
そんなことを考えていた。
もはや家族の言い争いのことはどうでもよかった。
最初からどうでもいいことを言い争っていたのだ。
ただ、みんながちょっとずつストレスを感じていて、
それが軋んだということだ。
火事はどうせなら全焼のほうがいい、と誰かが言っていた。
保険金が満額おりるからだ。
同じように喧嘩は最後までしたほうがいい。
ストレスを吐き出せるから。

結局、2時間ドライブして帰宅した。
頭の中に白いページが数ページできていた。
それが無駄なのか余裕なのか。
振り返った時、選択しているのは自分なのだな、と思うと、
またストレスを感じた。
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# by mfls | 2005-10-10 21:58
FIAT PANDA という車
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わずかな間だったけれど、フィアット・パンダという車に乗っていた。
小さくて安価なイタリアの大衆車だ。
エンジンは非力、内装はむき出し、常に故障の不安がつきまとい、人を運ぶ車として評価するなら最低レベルであるのに、何故か運転しているととても心が弾む不思議な車だった。

巨匠ジウジアーロの意匠を引き継いだ車であることを知ったのはずいぶん後のことだ。
只々、スクエアでシンプルなそのスタイルに目を奪われ、すれ違う度目で追うようになっていた。
実物を手に入れるまでそう時間はかからなかった。

購入とともにパンダのサイトを立ち上げた。
同じような仲間がたくさんいることを知り、ネットミーティングというものにも初めて参加した。
パンダという車を介してたくさんの人に出会った。
職種も年齢も人格も違う様々な人々。
ただ、パンダで繋がっているという不思議。
そこに奇妙な居心地の良さを感じていた。
パンダ十数台が連なり街を走り抜けた。
何度も参加した。ほんとうに楽しかった。

しかし、ある日突然乗り続けることを諦めた。
もはやプチクラッシックの領域にあったパンダを変わり続ける生活スタイルの中で維持し続けるのは困難になっていた。

それから数年経過した。
無理してでも乗り続ければ良かった、と何度も思った。
そして、その思いは月日を重ねる度に増していく。今でもだ。
パンダという車にノスタルジーを感じているのか、それとも別のものに何かを感じているのか、よくわからない。

よく、過去に落とし物をしてきたような気がすることがあるが、
必死になって探し出すと、今となってはどうでもいいものだったりする。
そういうものか。

ただ、後にも先にもあれほど車に情熱と愛情を注ぐことはもうないだろう、と思う。
そして、微笑ましく蘇る記憶の1ページの一部として残しておくためにも、もう一度乗ろうなんて思っちゃいけないんだろうな。
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# by mfls | 2005-10-06 23:07
余裕
気がつくと気持ちから余裕がなくなっていた。
気がつくと優しくない自分がいた。
そんなことが時々ある。

最近思う。
いまの自分が肉体を失ったら、そこにいったい何が残るのだろう。

だからこそ、そこに残るものがほしいと思う。

今まではそれが何なのかずっと考えていた。
でも、今ではそれが何なのか、はっきりとわかる。
そして、それが終わりじゃないことも。
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# by mfls | 2005-09-28 00:06
弱い人
弱い人が好きだ。
不安で自分を探してる人。
トラヴィスの音楽や、リアム・ギャラガーの虚勢。
弱さを知るものでなければ理解できないもの。
それが糧となって強くなる人。そんな人たちが好きだ。

価値観はひとそれぞれだから、
あくまで自分の主観だけれど、
生きているなかで、自分が何を求めていくか、
ということはとても大事なことだと思ってる。
たとえ迷走しつづけても、
たとえ何も見つからなくても、
突き詰めようと思っているだけでも、それでもいいと今は思う。
そんな気持ちの同じ仲間と今、一緒に時間を過ごせてることを本当に幸せに思う。

時間の流れ方が変わってきた。
より現実路線にシフトしつつ、
自分に対しての客観性を失わない。
自分を捕まえたのかもしれない。
とはいえ反面、自分がますます退屈になっていくという焦燥感もあり。
まだまだ、人生は奥深い。
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# by mfls | 2005-06-14 23:34
光と影
森の中の美術館にいた。
非具像的な絵画に囲まれた中ホール。
感情が取り除かれた無機物から成る空間。
正面を向くと一面ガラス張りの光に包まれたステージがあり、隅に1800年代のスタンウェイピアノがぽつんと置かれていた。
なんとなく、待機電源だけで回る電気メーターを思い出していた。
止まりそうで止まらないあの感じ。
そんな雰囲気を持った空間だった。

高原美術館という場所が好きだ。
博物館より暗くて水族館より明るい。程よい薄暗さ。
森に囲まれ、隔離病棟のように静かで、大抵誰もいない。
そんな場所を、一方通行と沈黙という一定のルールに従って儀式のようにゆっくりと進む。
三途の川へ歩くときってこんな感じなのだろうか、と思う。

人は死んでも未来について考えるのだろうか、通路を歩きながらそんなことを考えていた。

美術館を出て数学的に配置された石畳の階段を降りると、強い日差しとともに木々の匂いを乗せた温い風に撫でられた。
妄想から抜け出たのか、現実から逃げ出したのか、どっちが本当かよくわからなくなった。
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# by mfls | 2005-06-06 22:14
無題。
久しぶりに友だちと会う約束をして、それがなんだかすごく楽しみで、
まるで遠足の日を待つ小学生みたいに、そわそわしていた。
だから、何がどう変わるということはないのだけれど、
そのことだけを楽しみに数日過ごしてきた。もう大人なのに。

目的を持って生きるということは、結構難しい。
生きているだけで必死だし。
誰もが人が生きて死ぬということにどんな意味があるのか、
ということの結論を必要としながら、
日々の生活に忙殺されて考える間もない。

死ぬときに満足できるように・・・なんてことをよく言うけれど、
結果論ではないような気がする。
未来でも過去でもなく、今をいかに幸せな気持ちで過ごせるか、ということだと思うのだ。
そのために自分に何が必要なのか、いったい何が自分を満たすのか。
そんなところを切り口に考え始めると結論は近いのかもしれない。

だいたいそういうものだけれど、
楽しみにしているそんな日に限って残業になる。
成り行きで待ち合わせたコンビニへと向かう車の中、とても満たされてた。
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# by mfls | 2005-05-20 00:18
いつだって現実はフィクションの世界より、残酷で、悲しい
 いつだって現実はフィクションの世界より、残酷で、悲しい。
 JR福知山線脱線事故は、多くの人が亡くなり今なお生死不明で車内に取り残されている人もいる。
 連絡がとれない家族を必死になって探す人々をテレビカメラが冷酷に追う。
 置き石か、運転手のミスか、運行管理の問題か。
 責任の所在はいくつか考えられるが、いずれにせよ、死んでしまった人は戻ってこない。
 亡くなった人の無念さと、残された人たちの深い悲しみを思うと胸が痛む。
 
 10代の頃、大事な友だちを亡くしたことがある。
 ある日、突然この世の人ではなくなってしまった。
 やり場のない怒りや悲しみが果てしなく込み上げて溢れて、すべて溢れた後は、自分がからっぽになった。
 そうしてしばらくすると干上がった心に大きな穴が浮かびあがった。
 穴は、とてつもなく大きて深くて、どんなものでも埋めることができなかったし、どんなに時間が経過しても埋まることはなかった。
 結局それは一生自分がかかえて生きていくしかないのだ、と気づいたのは最近のことだ。ある人に生き方に触れていたら自然と自分が変わっていった。きっかけがなければ僕の魂はずっと鉛の玉みたいに今も頑にすべてを拒んでいたのだと思う。

 どんなに悲しいできごとでも、現実から逃げてはいけない。
 それが残されて生きている人の宿命であり、死んでしまった人と真っ直ぐに向き合う唯一の方法だ。今回の事故で悲しみを抱えてしまった人たちは辛いけど頑張って何倍も幸せになってほしいと思う。今はまだそんなこと考えられないとは思うけど。

 少なからず同じ気持ちを持つ人間として、何かできればと思った。こんなことしか言えないけれど。
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# by mfls | 2005-04-26 22:44
その答えは
a0031751_2321244.jpg 星空の下にいた。北斗七星を見つけ、ヒシャクの深さの延長を5倍したその先に北極星がある。そして、そのさらに5倍先にカシオペアがある。

 毎晩夜遊びしていた高校生の頃、たまたま帰り道が一緒だったヤツに教えてもらった。友だちの友だちのちょっとした顔見知りで、それから一度も会っていないし、今は名前も顔も覚えていない。ただ、こうやって星を見るたびにそいつのことを思い出す。記憶は不思議なところでリンクしている。

 あの頃出会った連中は、ガツガツしていて、気の利いたことはできないし、ジョークは下品で最低だったけれど、みんな素のまま生きていた。自分を飾らず、あるがまま自分をさらけ出して、ぶつかりあって生きていた。実は誰もが自分は最低最悪だと思っていて、その中で、自分が誰で何のために生きているのか知りたがっていた。
 みんな同じだった。だから、今思えば居心地が良かった。快適ではなかったけれど。

 ほとんどの連中は名前も素性も知らないままだったから、今どうしているのかわからない。別に、連中がどこで何をしているかということにそれほど興味はないのだけれど、気になっていることはあった。
 みんな答えは見つけられたのだろうか、と。
 
 南の空にもうオリオン座は見当たらなかった。オリオン座は冬の星座だ。深夜にオリオン座が見えなくなれば桜が咲く頃だ、と、それはまた別のヤツに教えてもらった。

 あのときの答えは自分なりに出してある。生きている意味は自分で持てばいいのだ。それだけのことだ。あとは選んだものに導かれればいい。
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# by mfls | 2005-04-09 22:45
春はお別れの季節です
 異動になって、新天地で慣れない仕事をこなす中、感傷に浸る暇もなく毎日が過ぎていく。
 一度にたくさんの人とお別れするこの時期は、「もしかしたら、もうこの人とは一生会わないかもしれない。」とまでは考えずについついお別れしてしまう。それで後悔したことも過去に何度かあった。それでもまた同じ過ちを繰り返してしまうくらいこの時期はドタバタしている。

 何はともあれ心機一転。
 さあて、これからどうしようかなぁと、何となくテレビを見ていた。
「簡単な道と難しい道と2本あったらあえて難しい道を選ぶんです。その方が『光』が見つかるような気がするから。」
「永遠の仔」を書いた天童荒太がインタビューで話していた。

 そうだ「光」だ、と思った。頭を金槌でゴツンとやられた気分だった。
 ずっとそれを追いかけて生きていこう、といつか決めたのだ。すっかり忘れていた。
 そんなものモラトリアムが生み出した根拠のない偶像だと思うときもあった。でも、それは違う。違うのだ。
 そのときそのとき、自分にとっての「光」が何であるか認識すること。それが非常に重要なのだ。
 自分にとっての「光」を見つけること。そして、それに向かって真っ直ぐに進むことを。
 
 いつだって人生を単調にするのは他人ではなくて自分、だから人生をおもしろくできるのも自分だということを、ついつい人は忘れてしまう。
 然るに前向きに。人生なんぞ気の保ちようだから、毎日楽しくニコニコしていよう。
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# by mfls | 2005-04-02 10:42
満月の夜
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良く晴れていた。
気持ちも晴れ晴れしていた。良い日だ、と単純に一日そう思っていた。
そして、そのまま今日が終わろうとしている。本当に良い日だ。

朝から夕方まで仕事していた。
余計なものを捨てること。簡単な仕事・・・というより単なる整理整頓だ。
棚の中の、必要なものと不要なものを分類して、不要なものは束ねて捨てる。
普段から整理整頓を心がけていれば、わざわざそのために休日出勤することもないのに、
なぜか、とても楽しみながらやっていた。

「君はもう僕のものじゃない。」束ねた紙を資源物置き場へ「どさっ」と置くたび、意味なく思った。
自分を取り巻く環境に関してはなるべくシンプルなほうがいい、と常に思っている。
今回も必要なものはなるべく少なくなるようにしようと決めていた。
不要なものはもちろん、よくわからないもの、必要なものでも重複するものはことごとく捨てた。普段は優柔不断だけれど、仕事についてはサバサバしている、と自分でも思う。まあ今回はゴミ捨てだけど。
とにかく、おかげて棚の中は、満杯だった状態から3分の1ほどのスペースができるまでになり、机に至ってはほぼ空っぽになった。パーフェクトな整理整頓だった。本当にすっきりした。

気持ちの整理については、そうもうまくはいかないだろうな、と帰り道考えていた。
頭で理解できていても、気持ちがついていけないし。
ゴミ処理と決定的に違うのは、ゴミは捨てるという判断だけれど、気持ちの整理は既に決まったことを受け入れる心構えだということだ。全然違う。

でも、今日は晴れ晴れしていた。
今現在そういう心境にないからだ。今はとても満たされている。満月みたいに。
そしてあとは欠けるだけ、ということもわかってる。切ないけれどそういうものだ。
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# by mfls | 2005-03-20 00:10
星に願うなら
 良く晴れた一日だった。夜、コンビニ行こうと外に出ると、空一面に星が輝いていた。こんなにきれいな星空は久しぶりだ、と思いながら夜道を歩いた。北極星、カシオペア、北斗七星と探して、南の空にオリオン座、シリウス。それらを含んだ冬の大三角形を探す。

 高校ではフォークソング同好会を結成しバンドブームに反抗する一方、地学部にも入っていた。同好会は教室が割り当てられるだけで部室がなかったけれど、地学部は部室もちゃんと個室で用意されていたし、上級生も物静かな人たちばかりだった。それが非常に快適だということで入部した。実際そのとおりだった。しかも、入部した後に気づいたのだけれど、地学部の部室の窓を開けると目の前に階段があって、それは向かい二階にある運動系女子部の部室につづく階段で、時にとても眺めが良かった。
 そんなわけで、地学に興味はほとんどなかったけれど、部室はおおいに活用させてもらった。もちろん地学部の活動自体は一体何をしていたのかほとんど知らない。
 ただ、一度、夏休みに一晩、獅子座流星群を見るためにどこかの山奥でキャンプをするということで何となくついていった。たぶん暇だったのだ。
 どこに行ったのか全く思い出せないけれど、とにかく山奥で深夜に僕らはビールを買うため、暗い山道を延々1時間かけて歩かなければならなかったし、帰りの登り道は急坂で更に時間がかかり、買い込んだビールもキャンプ地に到着するころにはほとんど飲み終えていた。そんなところだった。
 しかも、獅子座流星群を見に行く、とだけ聞いていたのだけれど、実際には「観測する」ということだったようで、日暮れから明け方まで交代で流星の数を数える羽目になった。
 部員が時計の針のように中心に足を向けて仰向けになり、自分の領域に流星が流れたら、「ハイっ」という。そして、それを記録者がチェックする。それだけのことだが、僕を含めて数人はだいぶ酔っていて、かなり適当にやっていた。
 流星は意外と小さく、忘れた頃に、しかも一瞬しか流れなかった。こんなんじゃ願い事言ってる間もない、とその度思いながら、「ハイっ」と大声を出していた。知らない人が見たら、怪しい宗教の儀式にしか見えなかっただろう。

 真夜中の山道でビールを飲みながらそれぞれが好きな人の話をしていた。誰かが「好きだぁ〜。」と叫んだりもした。調子に乗って次々と誰もが誰かの名前を叫んだ。旅は時に気持ちを大きくする、ってやつだ。何かが好転するわけでもないのに、妙に胸が躍る夜だった。
 その日は今日みたいに雲ひとつなく晴れ渡っていた。都会育ちではないけれど、星で空が埋め尽くされるという表現にふさわしい星空を見たのはそのときが初めてだった。仰向けになると瞬く星空が落ちてきて、視界360度に星が降り注いだ。不思議な経験だった。

 コンビニを出ると、更に寒さが増したようだった。
 冷たい空気が降り注ぐ夜、今日はとても気持ちが満たされていて、そのせいか十数年前と意識がシンクロしていた。
 自分が真面目なのか不真面目なのかよくわからない、と思った。 
 今という時間がいつまで続くのだろう。漠然と満たされた中でこれからオレはどうすればいいのだろう。
 よくわからなかった。昔はなんでもかんでも理論付けにして処理しようとしていたけれど、最近はいろいろと少しズルい。
 確かなのは、間違いなく目の前にあるものに向かって真っ直ぐに誠実に気持ちを向け続けるしかないってことだけれど。
 そんなことを考えながら3月最初の日曜日が静かに終わった。
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# by mfls | 2005-03-07 19:36
音楽と生きてきた
音楽の聴き方なんて人それぞれだし、押し付けるわけではないんだけど、ひとつお勧めの方法があるので紹介します。

(材料) Bill Evans Explorations(好きな曲ならなんでもいいんだけどね。)

(1)まず、気持ちが落ち込むときが来るまで待ちます。
(2)次にヘッドホンをします。
(3)ヴォリュームはちょっとうるさいくらいにしましょう。(※ここ重要)
(4)最後に、用意しておいたExplorationsを一曲目から再生します。

(注)とことん落ち込んだことを確認した後、深呼吸してから耳を傾けましょう。

ほら、鍵盤が涙腺のスイッチになったみたいでしょ。
そうして、ものすごく悲しくなったら、あとは幸せになるだけ。
音楽って大好きって思えてきませんか。
はい、できあがり。


ずっと、音楽と一緒に生きてきた。
自分にとって音楽って何だろうって、ずっと考えてきた。
その答えが最近やっと見つかった気がする。

音楽って、水たまりみたいなものだ。
誰もが持っている心の穴にやさしく注ぎ込んで、それを満たし、揺らいで、そして消えていく。
そういうもので、それだけのものだ。
音楽は、何も解決してくれないし、何も変わらない。
悲しいけれど、音楽とはそういうものだ。

どうして気づかなかったのだろう。もっと幻想を抱いて、期待を込めていたような気がする。
もっと早く知っていれば、もっと上手に生きてこれたかもしれないのに。
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# by mfls | 2005-02-15 22:09
Let bygones be bygones.
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もう何年も前のことだけれど、
突然大好きな人に会いたくなって、
飛行機に乗ったことがある。国内線だけれど。

実家の前で待ち伏せてサプライズ。
でも、相手の表情には喜びと困惑が入り交じっていた。
しおれた一輪挿しみたいになった遠距離恋愛の結末だった。

バーで、グラスの丸い氷を転がしながら、そんなことを考えた。
聞いたこともない美しい音楽が、信じられないくらい素晴らしい音で鳴るバーだった。

ときどきオレは何をやっているのだろう、と思うことがある。
自分でも理解に苦しむことをして、誰かを困らせてしまう。
でも、そんなサプライズで奇跡が起きればいいのにって、
心のどこかで、すこし思っている。

そういう、したたかさ、ズルさが自分のなかにあることはよくわかっている。
まともに向き合おうとすると悲しくなるのは、それがわかっているからだ。

だから、そういうときはこれを締めくくりに考えることをやめることにしている。
Let bygones be bygones.
過ぎちまったことは過ぎちまったことだぜ、という意味だ。
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# by mfls | 2005-02-04 20:36
どこもおなじだね。
(NHK番組に政治介入があってそれをNHK職員が内部告発したら、NHKと政治家が全面否定。)

さて、今回の問題、どちらが正しいのか、という問題は別にして、
大小関わらず組織というものの中にいると、少なからず長いものに巻かれる。
すべてに真実を追求していては身が持たないというのが現実だ。
それではいけないと思いながらも、
多くの人たちが組織に寄りかかって、それに妥協しながら生きている。
ある意味、麻痺していると思うときもある。悲しいことだ。

もしかしたらいつか自分も真実のためにすべてを投げ出さなくてはならない選択を迫られる時が来るかもしれない。だから、そのときまで真実を見極める力だけは失わないようにしなければならない。すべてを投げ出すことができるできないは別にして、その分岐点で正しい判断だけしたいと思う。

それにしても、平気で見え透いた嘘をついている姿というのは、本当に哀れだ。
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# by mfls | 2005-01-14 00:14
It is more nearly required to get used rather than understanding.
 もうずいぶん昔のことなのだが、宿泊施設で働いていたことがある。
 入り口には大きな看板があって、そこにその日の来客者の県名と名前を書く。それが日課の一つだった。
 ある日いつもと同じように看板を書いていて、「愛知県」と書こうとしたのだが、「愛」と書いたところでそのまま手が止まってしまった。
 冗談みたいだが、本当の話だ。

 当時の恋愛はなにもかもが行き当たりばったりだった。学生の頃みたいに、ただ一緒にいればいい時期が過ぎて、社会と未来に制約され折り合いが必要になった。その中で自分がどれだけ我慢して、どれだけ好きなように振る舞えばよいのか、それがわからなかった。
 もちろん今でもそれがわかる、とは断言できない。ただ、昔に比べバランスを保つのは上手になったと思う。
 「理解よりも慣れ。」昔の人の言う事は常に正しい。

 とにかく、人はいろんなところで愛について考える。

 続けて、愛知県と書いた。愛を知る県。愛知県。この意味も深い。
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# by mfls | 2004-12-14 00:13
小説
 24歳になったら小説を書こうと決めていた。サガンは19歳で「悲しみよこんにちは」を書いた。僕はちょうど19歳のドロドロした時期にそれを読んで「負けられねぇ。」確かにそのとき、そう思った。

 若い頃は何の根拠もなく自分を「才能の塊」と誤解する。とはいえ、そういった根拠のない自信が才能を育てるケースは多々ある。モチベーションって案外そういうところに依存している。諸刃の剣だが、やはりそれは剣の使いようだということなのだろう。今や、そういう頃が羨ましくさえ思えるし。

 なぜ24歳で小説を書くことにしようと思ったのかはよく覚えていない。19歳の時は若いなりにいろいろゴチャゴチャしていたから、5年も経てばいいだろう、と思ったのかもしれない。

 それから5年後、実に律儀に僕はそのことを覚えていて、24歳の誕生日の深夜、部屋の模様替えを終えるとパソコンに向かい一太郎を起動し、書式を原稿用紙に切り替えると、いよいよ小説を書き始めた。
 計画的に物事に取りかかることができない性格なので、とりあえず何となく思いついたことを書くことにした。あらすじやタイトルは全く何も決めず、飾らずにただ書きたいことをそのまま綴ってみようとした。エッセイになったらそれはそれでいいや、という感じで。

 結局2本書いた。書き終わってそれっきりそのことは忘れていた。あの2本を書くということが自分の中でとても重要な事だったのだと思う。だから、書き終えた後のことに興味がなかったのかもしれない。
 
 久しぶりに読み返して、またはじめようかな、と思った。
 いつだって「ない」のは「時間」じゃなくて、「やる気」なのだ。
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# by mfls | 2004-12-10 12:38
ある夜
バーで3人ひたすら飲んで暴露大会。
飲んだ飲んだバーボンをロックで、7、8杯。
カードゲームしてるみたいに、テーブルの上で左回りに過去を清算。
飲むってホント楽しぃよねぇ。うんうん。
タクシーに乗って帰宅。
朝・・・頭痛と共に頭を抱え、
「うそ〜ん、オレあんなことまで喋っちゃったじゃなぃ、ど〜しよぅ〜。」

こんな感じで、自分の過去を全部喋り終わったら、「チロリロリ〜ン」って音がして、人生がレベルアップするかもしれない、と最近少し本気で思っている。


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# by mfls | 2004-11-23 21:03
ささやかだけれど輝かしい記憶の一部
学生時代の友人が死んだ、という知らせを聞いた。
亡くなったのはもう3ヶ月も前のことだそうだ。
友人といっても卒業してからは2、3度電話で話をした程度で、それも僕が携帯電話を水没させてメモリを紛失してからは音信不通だった。学校も違ったし、多摩に住んでいるとは聞いていたけれど、自宅には遊びに行ったことがなかったし、よく考えたら、つながりが全て途絶えていた。
教えてくれたヤツと会ったのも奇跡的偶然だった。

もの静かであまり自分から喋らなかったけれど、いいヤツだった。頭が良くて知識が豊富で、でもちっとも嫌みじゃなかった。今、僕が持つジャズと映画の知識はほとんど彼の受け売りだ。
時々ふらっと遊びにきて、ドライブに連れて行ってくれた。彼女を連れてきたこともあって、僕の彼女と4人で海へ行ったこともあった。ささやかだけれど輝かしい記憶の一部だった。

彼が亡くなったと知って、不謹慎かもしれないけれど、悲しみとは違う感情だった。
ただ、寂しかった。自分の中から何かが削ぎ落とされる欠落感。

レクイエムでも吹ければいいな、とトランペットを衝動買いしたけれど、音さえ出せなかった。やるせなくて、こうしてネットに書いている。海にボトルレター流すようなものなんだろうな、と思いながら、ただ書いている。
本当にいいヤツだった。
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# by mfls | 2004-11-04 00:03
おれはロックンローラー
そういえば25歳くらいまで、そういう自覚があった。ミュージシャンでもシンガーソングライターでもなく、ロックンローラー。ストイックに本質を突き詰めていく生き様。それがロックンローラー。「これだ。」と思った。高校1年の夏のことだ。その頃は「俺はアンケートの職業欄にも履歴書の前歴にもロックンローラーって書くぜ。」と豪語していたが、それは未だにやったことがない。少々気弱なロックンローラー。まぁとにかく、自分はロックンローラーでありたかったわけである。

ところがどういうわけか、30歳を過ぎた今はもう自分がロックンローラーであるという自覚はない。そう、残念だが僕はもうロックンローラーではない。
理由は簡単である。ロックンローラーという状態は尋常な状態ではない。自分勝手だったり、薬やってたり、家族をないがしろにしたり、若死にしたり、とにかく不幸せ極まりない。20代前半ならまだしも、これほどまで社会不適合な人生だと、何かを得るよりも破滅が先である。だから僕は辞めた。

それがロックンローラーであるかどうかは別として、似たような理由で何かを諦めたひとは多いはずだ。しかも、こういった場合、時間と状況に説得されて意外にもすんなりと受け入れてしまうケースが多い。人間というのはとても都合よくできている。
それに「元ロックンローラー」という肩書きはそれほど居心地が悪くない。今ならアンケートに「元ロックンローラー」と書くかもしれない。昔は少しワルでした。という感じである。軌道修正を行いながらも人生は上々。そうやって前向きに生きていくのは悪いことではないと思う。

最近は明日が待ち遠しい。良い事ばかりではない。10回のうち良い事3回、悪い事7回、そんな感じだが、それでも明日は待ち遠しい。いろんなものが少しずつ変わっていく。そういうことに希望を持つようになった自分に驚きもあるが、少し嬉しいというのも本音である。小さなことに喜びを大きく感じることができるようになったのかもしれない。昔は自分が何を考えているのかまったくわからない時があったけれど、今まさにコントロールの下に、という心境である。

さて、ロックンローラーは不幸だ、と書いたけれど、実は例外もある。
ニール・ヤングと鈴木祥子。この2人はロックンロールと人間が見事にイコールでつながっていて、その間に介在する不幸がない。誰もがそうありたいのに、そうなれない所にいる人たちである。それがどういうことかは、曲を聴けばすぐわかる。
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# by mfls | 2004-10-11 21:39
テーマソング
今週はよく昔話をした。最近の昔話から子どもの頃の話まで。キャロル・キングの音楽が流れてきてスライドショーが始まる感じ。とぅーれいと、とぅーれいと、いっつ、とぅーれいと・・・。
 昔がどんどん昔になっていく。

 テーマソングでも決めよう、ということにした。もう30過ぎたし、人生は平凡きわまりなくストレートだし、気力に体力がついていけない。テーマソングに乗って憂鬱な日々を前向きに乗り切ろう、という安易な発想。
 何にしようか、と数日考えていたのだが、そういえば今週はよくエルトン・ジョンを耳にした。ラジオから流れてくる。
 Goodbye yellow brick road、Bennie and the jets、Rocketman、Your song、そして、Daniel。
 高校1年の夏にエルトン・ジョンのベストアルバムを買った。Yoursongが聞きたかったからだ。この曲を初めて聴いたとき背筋がブルブルと震えた。ベッドの隅で膝を抱えて座って聴いていた。当時はこの曲で「大好きなあの娘を落とせるかもしれない」と本気で思い込んでいたかもしれない。
 若かりし頃のエルトン・ジョンの奇抜な身なりが印象的なジャケットだった。騒がしいロックから少し距離を置いた、都会的でクールな曲と歌詞、甘い声、ウーリッツァーの暖かい音色。これらが織りなす不思議な世界。そこにあるのはまぎれもないひとりの人間の孤独だった。何故か愛おしい人間の孤独。それがそこにあった。
 Danielという曲は地味だけれど、とても好きな曲だった。当時、スペインはいいぞ、歌っているように聴こえたが、やはり今でもそう聴こえる。よくわからないけれど悲しい歌だ。
 そんなわけで、この曲をしばらくテーマソングに試用してみることにした。
 できれば沖縄のビーチでスローヴァカンスを楽しみながら思い浮かべて首を左右にゆっくり振ってみたい。とはいえ取り巻く環境はそれを許してくれないが。おっと、だからテーマソングが必要だったんだ。

 そういえば、15年前は今の時代みたいに好きな曲をitunesミュージックストアで簡単に試聴したりできなかった。聴きたい曲は買うしかなかったのだが、なんとも便利な時代になったものである。
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# by mfls | 2004-10-11 19:50
世界の中心で愛をさけぶ
 現実の世界も、映画やドラマの作り物の世界も、なんだか最近、ひどいことばかりである。昨日もたまたまテレビをつけたところに強烈なシーンで、正直ヘコんだ。

 自分にクリエイティヴな部分があるなしは別にして、枯渇してしまった自分の空想の泉に手当てをすることもなくなっていた昨今。それ以上に今では刺激物を避けるように過ごしてきた。ハッピーエンドにならない映画は見ないし、誰かが死ぬとわかっているドラマも見ない。大好きだったアーヴングの新作も買ったままもう何ヶ月も放置してある。
 いつしかそうして巧みなまでのバリアの張り方を身につけ、フラットな感情線の上をマイペースで歩いてきた。
 夜更かしするほどのこともないし、涙も出ないし、腹の底から笑いもしない。退屈だが快適な人生だと思った。悪くない、と。ただ、どういうわけか少しだけイライラしていた。
 時々、自分に関わる何かが気に障る。スムーズにいかない何かがあってそれに躓いてしまうのだ。高飛車な言い方だけど、自分はこれほどまでに完璧にフラットな人生を送っているのに、周囲の非常識な振る舞いに足を引っ張られている、という感じ。そして、それは世間に常識が欠落しているからだとずっと思っていた。

「世界の中心で愛をさけぶ」は観たことも読んだこともないが、小説、映画、ドラマとヒットして、いろいろなところで取り上げられているので内容はなんとなく理解できた。でもこれは観れない。これを俺が観たら共感どころではない。トラウマリプライズである。間違いない。立ち直れないぞ。バリアだ。もっと強力で安全なバリアが俺には必要だ、となるに決まっている。

 バリアというのは拒絶を意味する。最近ようやくわかったのだが、身を守るために拒絶するものが多くなりすぎて、自分の居場所すら確保できなくなっていたというのがイライラの正体らしい。しかし、認識しただけでは何の解決にもならない。10代だったら旅に出ることもできたが、今ではそれも無理なのだ。

 何をすれば自分が傷つくのか、わかっているからそれを避けている。しかし、すべてを避けるには逃げ道が狭すぎる。傷つけば休養が必要だが現実はそれを認めない。またも新しいジレンマ登場である。どうしたらよいのもやら。
こうして課題をクリアしていく先に孔子曰く「惑わず」の世界がやってくるのか。としても果たしていつのことになるやら。
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# by mfls | 2004-07-19 22:43


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